2010年02月15日

政治家に何も期待してはいけないのか?

カテゴリに『政治と社会に期待すること』とありますので、改めて政治に対する思いを書かせてもらいます。

比較的私の周りには政治に無関心の人が多かったですね。

そういう人は雰囲気や感情に流されます。

例えば小学生や中学生を抱える母親なんかは子ども手当が手厚くなれば嬉しいわけですよ。

財源が確保できずまだ半額支給しか約束できないと政府が言い出すと、「民主党ふざけるなー!」とか言うわけです。

ま、そこしか関心がないというか…。



どっちかというと小学生の頃から国家中継をテレビで好んで観ていた私としては、「ある程度国民が政治に関心がないのは仕方ないこと」と思っています。

逆に今の政治家に多くを期待しても「国民の理想通りの政治は無理でしょ」と思っちゃいますね。

官僚支配、国民不在、政治空白といった事実は否定できませんよ。

だからシンプルに、これだけはやってもらえれば少しでも国民が幸せになれるという小さなことしか期待していません。

反対の署名を行えば外国人参政権とか選択的夫婦別姓法案が廃案になるなら努力しますが、これだけ複雑な世の中ですから、まず願うのは景気の問題でしょう。

事業仕分けが拍手喝采だったのは、「国民に益が還元されない余計な無駄をなくすこと」「無駄なことをしている団体(役人も)をなくすこと」という庶民の期待と合致したからでしょう。

今の時世、国民が払拭してほしいと願うのはまず、

私生活を犠牲にしてガムシャラに働いても失業の不安から逃れられない

とか、

マイホームを建てて安定した老後を送るのは「夢のまた夢」という絶望感

だったり、あとは

頑張っても頑張らなくても人生の先行きに安心感がない社会システム構造の問題

でしょうね。

少子高齢化社会が到来しながら、お年寄りが活気づいて働いたり趣味に没頭する環境がない。

高齢者が活気づいてこそ日本の未来に希望があると思うのですが、若者も不景気のため希望を失っています。

だから「人を大切にする」という社会の仕組みを作らないといけないのに、それを無視して不用な景気対策など急場しのぎの政策に走る政治家や役人たちと国民の温度差が激しいですよねぇ。

当事者意識という責任感を持てば、もし私が政治家だったら…という考えから書かないといけません。

私ならまず「安心して暮らせる社会構造」最優先でしょうね。

そこに国防や他の政策も絡むから難しいのですが、精神的不安をいかに払拭するかよりも、選挙での人気取りが優先になっちゃっていますから手に負えません。

だから単純に期待することはただ一つです。

一生懸命働いたものが報われる社会構造を作って!

ということだけですね。

介護施設や保育園の現状も惨めです。

働いても悪い報いばかりを受けやすいストレス社会から脱皮する政策を考えてほしいですね。

言うは易く、行うは難しですけど。 (>□<〃)


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posted by ハマスタの☆浜風 at 19:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治と社会に期待すること | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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