2011年05月17日

キリシタン弾圧の真実

ある芸能人が自殺した…というニュースが流れた。

なぜ若くして死に急ぐ、とも思いました。

死んであの世に行けば楽になるとは思えません。

逆に、自ら命を絶った場合は地獄に堕ちてもっと苦しむことさえ知れば、自殺なんてしないと思う。



東日本大震災も、被災者は必死に生きようともがいています。

生きることに必死になっている日本人がたくさんいるのに、何で死に急ぐのでしょう。

豊臣・徳川時代のキリシタンの殉教を彷彿させますよね。

外国からわざわざ極東の地に決死の覚悟で宣教に来た人たちは、命がけで布教に尽くしていきます。

そして江戸時代ですから武士道とマッチしたのでしょうか?

日本人キリシタンも、幕府の迫害や弾圧に負けず何千人と殉教していったのです。

当初はキリスト教を受け入れなかったアジアの他国も、日本と同じような大量の殉教者を出した国はありませんでしたよね。

中国や韓国だってここまではいませんでした。

死を以って潔しとする時代だったから、信仰のためなら喜んで死ねたのでしょう。

現代人とは時代が違い過ぎます。

我々は育ててくれた両親に感謝しなければなりません。

例え職場で苦しいことがあっても、心の支えとなる人を失っても、頑張って生き抜くことが先祖たちへの報いであるし、キリシタンの殉教とは次元が違うのです。

自殺の是非に関する議論は、言うなれば『倫理観』の範疇じゃないでしょうか。

日本では殉職や心中や切腹などが美徳とされてきました。

欧米ではこうはいきません。

自殺の是非じゃなくて、自殺の善悪で説かれるのです。

神様が授けた命を自分勝手に絶つというのは悪、すなわち倫理観でなく『宗教観』の範疇なのです。

日本人は潔さを強調しますが、死んでもあの世に行ったら楽になるわけではないと誰も教えてくれませんからね。

森山直太朗『生きてることが辛いなら』の歌詞でも載せておきましょう。

♪何にもないとこから 何にもないとこへと

何にもなかったかのように 巡る生命だから〜



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posted by ハマスタの☆浜風 at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 人・ことば・サクセスマインド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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